あしあと

今更ながらかもしれないけれど、
虐待とか、だますとか、裏切るとか、暴力だとか
人間だけがもっている残虐性みたいなものを考える機会を得た。

障害、病気等と違い、人為的に作られていく不幸。

弱肉強食。。そう言い換えてあたかもその行為を正当化してるかのような錯覚。

未だに青臭くそんなものが許せないと思ってしまう。
吐き気すら覚えるほどに。

その裏に弱さが隠れ、甘えが隠れ、愛に飢えた姿があるとしても
抑圧された負の感情を、他人への攻撃性に変換してしまうことの異常さ。

欠落している人間性。

それを形成していく過程(家庭)において、何をおいても必要不可欠なもの。
親からの愛情とその道の専門家がしたり顔で話している。

はたしてそうだろうか?
親や世間のせいばかりでないと、私は思う。
個人の資質の問題が大きいと思う。
あるいは、心の目の方向性。
何を見つめているのか。
愛を知らない人間には、雪を知らない人にその冷たさを教えるようなものなのだろうか。
親だけでなくとも、愛を知る機会は本当は誰にも与えられているはずなのに。

混沌とした時代の中で、先の見えない暗闇ばかりを見つめていると
目が退化した深海魚のようになるのか。
光を必要としない世界。

彼らに光は感じられるのだろうか?

おそらく人類史上はじまって以来、ずっと繰り広げられていると思う。
人間性の両極性。

なぜにそんなことが起こってしまうのだろう。

ある夜、私は夢を見た。
私は、主とともに、なぎさを歩いていた。
暗い夜空に、これまでの私の人生が映し出された。
どの光景にも、砂の上に二人の足跡が残されていた。
一つは私の足跡、もう一つは主の足跡であった。
 これまでの人生の最後の光景が映し出されたとき、私は、砂の上の足跡に目を留めた。
そこには一つの足跡しかなかった。
私の人生で一番辛く悲しい時だった。
 この事がいつも私の心を乱していたので、私はその悩みについて主にお尋ねした。
 「主よ。私があなたに従うと決心したとき、
あなたは、すべての道において、私とともに歩み、
私と語り合ってくださると約束されました。
それなのに、私の人生の一番辛い時、一人の足跡しかなかったのです。
一番あなたを必要としたときに、あなたが、なぜ、私を捨てられたのか、私にはわかりません。
主は、ささやかれた
 「わたしの大切な子よ。わたしは、あなたを愛している。
あなたを決して捨てたりはしない。
ましてや、苦しみや試みの時に、足跡が一つだったとき、わたしはあなたを背負って歩いていた。」

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by satsuki_ok | 2009-02-12 21:03 | パンの耳