Leben


by satsuki_ok

天使のささやき by植島啓司 を読んで

「宗教とは見えないものと交流する技術である」との一文からはじまるこの著書。
植島啓司
かなりクセがあっておもしろい(^^)
ぼくのblogのコアなファンの方々にあっては、喜んでいただけそうな本である。

読み進んでいるうちに、ふと人の存在は、バクチ的なものだなという気さえしてくる。
ある時点で選択を迫られる時、Aというものを選ぶか、Bというものを選択するかによって、
人の人生そのものが変わるコトも少なくないものだ。
それは、たった一瞬のことかも知れないし、持続的なことかも知れない。

では、その選択に当たっての、基準はいったい何であるか?
きわめて個人的な理由であり、そしてまたそれは個人の自由である。
このような混沌とした時代にあって、当然のことながら、その選択肢にマニュアルはない。
かくかくしかじか生きていくべきだ!などというマニュアルは存在しないのだ。

セックスというものを、度外視して語れる人生の方が少ないのだね。
人の一生は、セックスではじまりついには精神的な意味も含めてセックスに終わる。
たとえば、排泄行為にしても、そこには絶えず、性別がつきまとうのである。
毎日、毎回、その性を直視しながら、人は生きていかなければならない。

ここに性同一性障害を含むセクシャリティーの多様性が加味されると、さらに問題は深刻である。そのことを自分の痛みとして、想像できるであろうか?
生まれてきた性と、愛する人の性が、社会通念上認められない場合を、自分のこととして受け入れることができるだろうか?

信仰とは目に見えないものと交流する技術である。
神が見えないのである。命も見えないのである。
愛も心も魂もぼくはこの目で見たことがない。
肉体にまつわるコトだけが、唯物的にぼくの上にのしかかる。

ある事象について、「正しい」と判断する基準は、あくまで、それも個人的な見解にすぎない。
したがって、ぼくが導く結論は、神以外に正しい真実を知るものはないということだ。

目指す高みは、そこにある。

本を読んで、ぼくは今夜そんなことを考えた。
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by satsuki_ok | 2005-03-31 21:27 | 芸術?