性善説、性悪説

きちんと「正しい」ってなあに?by-macotoにTB

性悪説の方が理解しやすい理由を考えてみた。

幼い頃が純粋無垢だという考え方に賛同できないから。
つまり、「純粋=欲望に正直」という一面もあるということかな。
その欲望が「正しい」?方向性であるかは、子どもは考えない。
ゆえに、やりたいと想うことをやるので、奪いたいと想えば奪ったりもする。
したがって、それが「正しい」とは言い難い。

では「絶対的に正しい」ということは、いったい何を示すのだろう。
何によって示されるのだろう。
絶対的という点がミソである。(あくまでも「相対的」ではない。)
こころの中に誰しもが、ある程度の「良心」というものを持っている。
心が痛かったりするのが、その最たるものかも知れない。
生理的に受け付けないものの正体も、実はそこに潜んでいるのかも知れない。
そこに隠されている「摂理」とも言うべきものかも知れない。
あるいは「秩序」ともいえるだろうか。。。

ある意味では「混沌」も「調和」への道筋ではないだろうか。
たとえば、たったひとつの価値観で世界がつくられているとしたら、
それはとても奇妙で恐ろしいファシズムな世界に通じるものだろう。
ありとあらゆる「思想」が混沌と乱立するからこそ、
削り取られていく、または延びていく思想があるだろう。

繰り返されていく歴史の中で
淘汰しきれない悲しいサガ。
憎しみも愛情も同じものだ。
ただベクトルが違うだけ。
無関心であることが、一番の「悪」であるかも知れない。
それは、心の死と同じコトを意味するからだろう。


なんてコトを考えてみた。(苦笑)
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by satsuki_ok | 2006-01-15 21:57 | いきつぎ(TBの守)