鍛冶屋の音

私の住んでいた街では、まだ近所に鍛冶屋が一件あった。
鉄をうつ高く澄んだ音が響き渡っていた。
あの音を聞くと、心の中までも精錬されていくようで、
まだ幼かった心に、まっすぐに届いた音だった。

いまでも時折蘇ることがある。
鉄をうつように、自分の心を精査できればいいと思うけれど、
ただ熱いだけでは、なかなか不純物は取り除けないモノらしい。
日々起こる雑事からくる雑念の多さで、心を無くしていくばかりで、
忙しさに振り回されてしまいがちである。

心落ち着けて楽しいと思える瞬間は、
あまり人生では頻繁にお目にかかれるモノではないらしい。
騒がしさの中で、あるいは、脈拍の上がる出来事の中でしか、
楽しいと感じることができないなら、それはある意味不幸なのかも知れない。
その場所から、その時間から、別の場所や時間へ移動した時、
もうその「楽しさ」は過去のモノへと、限られた空間と時間の中でしか存在しない。
しかし、もしも平常心のまま、楽しいと感じることができたならば、
それは「幸せ」という「日常」につながることなのかも知れない。

鉄は熱いうちに打て。。。
打ちつづけなければ、ただの無用な固まり。。
こころとは、なかなか手がかかるシロモノだな。。。
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by satsuki_ok | 2006-01-25 19:05 | ジジのひとりごと