新訳と旧訳

どこかオカルトチックで超人的な新訳聖書よりも
旧約聖書に惹かれるわけは
それがとても人間くさく、おとぎ話のように
神と人との間に大きな隔たりがあるせいかもしれない。
人の力と神の力に密接なつながりよりも
むしろ対峙したかたちで強く印象に残っているからだろうか。
目に見える形で表されているからかも知れない。

新訳聖書では、一人の人の中に、神の力が宿る。
こころに書き記された神の言葉が
一人一人を形作っていく。
それは愛するわが子をかき抱く姿にも似て
恐れのない全き愛の姿となる。

それが通常では計り知れない力とわざとなり
あるいは大きな波となり
世の中をすり抜けている。

必要なのは奇跡の大きさではない。
あなたが必要だと抱きしめていくことだ。
他の誰でもなく、「あなた」が必要だと。

それはまさしく「愛」の神の姿。


でもね、ともすると忘れがちなんだよ。
神の偉大さ、雄大さ。。。
厳しさ、激しさを。。。
それほどまでの愛情を注いだ相手
ねたむほどに慕われる。
その激しい一面を。

そんな時、旧約聖書を読みたくなるのかな。
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by satsuki_ok | 2006-04-23 22:23 | パンの耳