陶芸と父の旅立ち

ぼくは、陶芸に実は興味がある。
とはいっても、芸術的なセンスなど、
持ち合わせの少ないぼくなので、
どんなものが作れるのかわからないけれど。

それにもっぱら、現在は、
「いずれは趣味にしたいな」程度にしか
考えてないんで、よくは知らないんだけどね。(苦笑)

これは、実は亡くなった父の夢でもあったんだよね。
魯山人が好きな父だったんだ。
あのゲテモノ趣味だけは、真似できないけれど、ね(苦笑)
おもしろい人生を送った父ならば、
きっとおもしろい作品を作っただろうと想うのだけどね、残念だよ。
母が時々庭を見ながら、
ここなら「釜が作れるのにね~」と、つぶやくことがある。
父の作った作品を見てみたかったと。。。

まるで駆け落ち同然で一緒になった父と母。
周囲の誰一人からも祝福はなかった。
父は家を飛び出し、故郷を捨てて、母と暮らすことを選んだ。
慣れない仕事をし、自分と違う価値観に囲まれながら・・・。

父の唯一の生きる糧は、母だった。
その母を失うことが父には何よりも恐怖だったに違いない。

病床で背中の激痛と戦う父の姿に耐えかねて、
母は何度もナースコールをしてしまう。
「すんまへんな、何度も。
 ぼくが痛がるものだから、
 こいつが何度も、お呼び出ししてしもて。
 堪忍してやってくださいな。」
父は、ナースに何度もわびを言う。

「なんかしてほしいことない?」
問いかける母にいつも父は同じ答えだった。
「いてくれるだけでええんや」

初七日の当日、ぼくは父の夢を見た。
その場に母はいなかったが、二人の間では暗黙の了解だった。
この場に母がいたら、きっと引き留めてしまうから、
母には内緒で旅立つのだ。
「どうや、今日は決まってるやろ?何点ぐらいや?」
父はとても普段からおしゃれな人だったので、こんな事を聞いてきた。
「ん~、75点かな」と、本当は100点だと想っていながら、ぼくはそう答えた。
「なんや、100点満点に言うてもらえるおもてたのに、残念やな~」
父が目配せをした。
そろそろ本当に旅立つのだ。
「うそやよ、決まってるよ。」ぼくは、心を込めて一言そえた。
目が覚めて、涙が止まらなかった。

あの時、本当の親子になれた気がした。

祖父母もなくなり、ほとんど今では交流のない親戚。
父の安らかな死に顔を見て
「気むずかしい人やったのに、ようここまでしてくれはりましたなあ、おおきに」
と、母に伝えて欲しいと言ってくれた。
ぬけるような青空の下、たなびく煙となる父の最期の時
半狂乱の母のそばで、ぼくは泣くこともできず、
一人ずっと、その言葉をかみしめていた。

その時の涙も、初七日の日、ようやくぼくは泣くことができたんだ。
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by satsuki_ok | 2005-03-06 10:52 | つぶやき(消耗品)