Leben


by satsuki_ok

カテゴリ:パンの耳( 56 )

それでも祈る

祈りが信じられない
自分が安定しない
愛なんていったいどこに隠れているんだ
自分の心の中をえぐってみても
かきだしてみても
かけらも出てこない

どこまでいっても自分勝手
誰にあってもエゴイストなまま

自分を愛せないから
親も他人も愛せない
そんな気がしてしまう秋の夜

それでも
今夜ぼくは祈るのだろう

実践の伴わない自分自身を責めながら
行動の伴わない自分自身をあきらめながら
変わっていかない何かに憤りを感じながら
むしろ変わってしまった何かを憎むように

それでもぼくは今夜祈るのだろう

持ちきれないほどの
抱えきれないほどの
想いをしぼりだすように

それでも今夜
ぼくは主に祈るのだ
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by satsuki_ok | 2006-09-18 21:49 | パンの耳

時計の針の巡るのを
忘れるくらいに見送って
心の中を見つめ続けているようで
何も見えてはいなかった
からみついた藻に被われて
心の中が見えなくなった

透きとおる澄んだ水では
魚も住めぬ
落ち葉舞い降り
微生物とともに
腐葉土が流れ込む

生きている
生きていく

分解し続けながら
消化しながら

ただの分子になったなら
また一から始められるのだろうか
澄んだ水へと回帰できるだろうか

曲線の波
直線の角

御心は人から離れてあるのでなく
人の中にあるのだと
汚泥を浄化するフィルターのように
ぼくの心を濾過して欲しい

とめどなく流れ来る世の穢れ
魂が唸る、うめく
もがきながら
もだえながら
すり抜けていきたい

しびれるほどの冷たさの中で
喉元に甘さを感じる水が欲しい
まじりけのない御言葉が欲しい


目に見える望みは、望みではありません。
(ローマ人への手紙 第8章 24節)

死も、いのちも、御使いも、権威ある者も、
今あるものも、後に来るものも、力ある者も、
高さも、深さも、そのほかのどんな被造物も、
私たちの主キリスト・イエスにある神の愛から、
私たちを引き離すことはできません。
(ローマ人への手紙  第8章 38-39節)

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by satsuki_ok | 2006-09-08 23:24 | パンの耳

クリスチャンの割合

日本の総人口のうちの約6%がクリスチャンだという記事を見た。
私が知っていた頃は、確か1割はいたはずだった。
あれから、数年経った今、日本のクリスチャンの割合は半減している。

最近とみに多い「エロ」関係のえせ牧師事件も無関係ではないかも知れない。
けれど、なぜにこれほどたった数年で減ってしまったのか?
おそらく他の仏教などでは考えられない数値かも知れない。
もしかしたら、仏教も減って、新興宗教か、無宗教が増加しているのかも知れない。

この状態から、唯物的な思想背景が浮かび上がってくる気がする。
得体の知れないものへの畏敬の念すら、なくなってきているのかも知れない。

危機的な状態とすら気づくことすらなく、
おそらく、ただ日々をこなして行くであろう社会全体。
その流れは止めることはできないだろう。

しかし、自分自身は失いたくないと、やはり強く想ってしまう。
セキセイインコが愛情を敏感に感じ取るように
自分自身のこころへ愛情を向けなくなったら
すでにこころは死んでいるのだろうか。

悲しみも喜びも自分のためでなく
他者のためにある時
人は生きることの意味を知るのだろうか。

私はこの世の中にあって
愛情を示していくことができるのだろうか。
クリスチャンであると言えるのだろうか。
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by satsuki_ok | 2006-08-27 20:18 | パンの耳

嘆きの壁

美しい世界も、醜い世界も、現実には混沌として存在している。
光の強い場所には、群がってくる影の存在もまた強くなる。
混じり合ったカオスの存在が人ならば、受け入れるしか道はないのか。
突き放して、引き寄せて、立っている場所すら確認できない無重力な空間。

キリスト教で教えられていながら、
仏教で教えられていながら、
娼婦も同性愛もなくならない。
暴力も虐待も戦争もなくならない。

なぜなんだ。

欲望からしあわせは産まれてこない。

なぜなんだ。

汚れなければ石けんはいらない。
罪がなければ許しはいらない。

ただくつろげる場所が欲しいと願ってはいけないか?
ただ存在を確かめ合える相手が欲しいと思ってはいけないか?

嘆きの壁に虚しくこだまする飢えの叫び。
本物の愛に出会いたい。
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by satsuki_ok | 2006-05-18 21:41 | パンの耳

祈っている

今君がしあわせならば
しあわせが一秒でも長く続くように

今君が悲しんでいるなら
一瞬でもその悲しみがやすらぐように

今君がさみしいと感じているのなら
ほんの片隅で構わないから
ぼくをそばに感じて欲しい

主がそばを通られる時
君の手を握り
その聖さに壊れてしまわぬように

きみのこころの奥深く
眠るように息づくやさしさが
失われてしまわぬように

ありったけの想いを込めて
今日もぼくは祈っている
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by satsuki_ok | 2006-04-24 22:27 | パンの耳

新訳と旧訳

どこかオカルトチックで超人的な新訳聖書よりも
旧約聖書に惹かれるわけは
それがとても人間くさく、おとぎ話のように
神と人との間に大きな隔たりがあるせいかもしれない。
人の力と神の力に密接なつながりよりも
むしろ対峙したかたちで強く印象に残っているからだろうか。
目に見える形で表されているからかも知れない。

新訳聖書では、一人の人の中に、神の力が宿る。
こころに書き記された神の言葉が
一人一人を形作っていく。
それは愛するわが子をかき抱く姿にも似て
恐れのない全き愛の姿となる。

それが通常では計り知れない力とわざとなり
あるいは大きな波となり
世の中をすり抜けている。

必要なのは奇跡の大きさではない。
あなたが必要だと抱きしめていくことだ。
他の誰でもなく、「あなた」が必要だと。

それはまさしく「愛」の神の姿。


でもね、ともすると忘れがちなんだよ。
神の偉大さ、雄大さ。。。
厳しさ、激しさを。。。
それほどまでの愛情を注いだ相手
ねたむほどに慕われる。
その激しい一面を。

そんな時、旧約聖書を読みたくなるのかな。
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by satsuki_ok | 2006-04-23 22:23 | パンの耳

マザーテレサ

先日購入したDVD。
ようやく本日見ることができた。(まだ途中だけど)

マザーが感じていた孤独と苦しみ。
とりもなおさず、主が今も感じ続けていることだと強く感じた。

それはたぶんぼくが生まれたのがこの国で、
貧困ではない環境下にあって、
人の心が貧しくなった「先進国」と言われる
紛いモンの世の中に生きているからだろう。

こころの闇は、深刻だ。
誰もが孤独を感じやすい世の中。
信頼関係も薄っぺらいものしか見受けられない世の中。

深い絆というものを
いったいどこに置きわすれてきたのだろう。
こころが共にあるという確かな感触。
日常のささいな雑事にとりのこされていく。

人が人であるために、
必要なこととは、
「パンのみで生きるにあらず」

笑顔のウラに隠された涙と苦悩。
その深さゆえ、慈悲のこころは尊い。
その広さゆえ、慈愛のこころは高い。

聖女も聖人もいない。
一人の人間を通して語られる生きた鉛筆。

シンプルな生き方。

もちものが多すぎると失うことも多くなる世の理。
太古から何一つ変わらない。
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by satsuki_ok | 2006-04-22 21:31 | パンの耳

屈しない祈り

どんなに痛ましい出来事が
至るところで日々繰り返されていたとしても
主よ、それらに屈することのない魂を下さい

それは小さな小さな悪意からはじまったかも知れない
それは小さな小さなウソからはじまったかも知れない
あるいはねたみやそねみだったかも知れない

主よ、自分を守るということが
他者を苦しめることのないように
主よ、自分が楽しむということが
誰かを傷つけることのないように

こらえきれない想いを
悔やみきれない出来事を
自分自身でつくらぬように
フェアなルールを忘れて暴走することなどないように
主よ、闇が光に勝つことがないことを
忘れることなどないように

どうか私を日々清め強めてくださいますように
つたない私の祈りでも
この唇から賛美があふれてくるように

人知を越えた存在を大きな奇跡の証でなく
人の心に、私の心に書き記してください
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by satsuki_ok | 2006-02-18 21:17 | パンの耳

十文字の烙印

永遠への愛に目覚めた時
人は何を求めるだろう

心の底で眠るように
愛する人を抱いたまま
静かな微笑みの残像

幸せが限りなく狂気に近いように
愛もまた限りない悲しみのうちに
はじまりそして続いていく

湧きいずる泉のように
扉の向こうで脈々と
流れ溢れかえるほど
注ぎ出されていくモノ

カタチを変えながら
風化することもなく
刻まれたままの十文字の烙印
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by satsuki_ok | 2006-02-10 23:34 | パンの耳

咆哮

大好きな人を幸せにできる人
幸せだろうな
世界中がバラ色に見えたって
全然不思議じゃないだろうな

そんな自信に溢れていたら
ぼくも幸せになれるのだろうか

大好きな人に大好きと言われる人
幸せだろうな
世界中が自分たちのために動いて見えたって
それが当然の出来事なんだろうな

そんな風に素直な気持ちを伝えられたら
ぼくも幸せになれるのだろうか

ただじっと
植わったままのこの場所から
遠く遙かな空だけ見上げ
想うことしか許されない

そんなせつなさ誰にも耐えられるのだろうか

たとえばぼくが下半身麻痺だったら
たとえばぼくが言葉が話せなかったら
たとえばぼくが。。。。
ぼくの中で張りつめた糸が切れそうになる

求めてはいけない
望んではいけない
与えられる人になれ
与え続ける人であれ

生々しい「生」の衝動を
乗り越えていける人になりたい
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by satsuki_ok | 2006-02-04 20:28 | パンの耳