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会社と個人

一個人の責任の範囲と、会社の責任について考えてみた。
ある売買契約を結んだとする。
普通は、一対一で契約する。
この場合、売り手は、一人であっても「個人」ではない。
会社の一部である。
顧客に対してのトラブルの対処は、「個人」で行うべきではない。
当然のことだと想う。
社内でどのような責任の取り方をしようが、買い手への対処は別問題だと考えるべきだ。
結婚生活や日常生活上のトラブルの話をしているワケじゃない。

しかし、そういった単純なことが、わからない人もいるのだな。

社会人としての常識だとぼくは想うけれど、取締役などの役職は、「飾り」じゃない。
当然の事ながら、そこに加わる責務が重くのしかかる。
それが為の「報酬」でもあると、認識していないのだろうか?

ライブド○事件もそうだけれど、民主党の詰めの甘い発言や行動。
そういうコトに対する「責任」というモノを、勘違いしてやしないか?
「言ったモン勝ち」じゃないし、「やったモン勝ち」なんかじゃないと言うことが
どうしてわからないんだろう。
かならず、自分に帰って来るという単純なことが、どうして見えなくなるんだろう。

間違った選択は、取り返しのつかない結果を招くことになりかねない。
「言いたいことは、明日言え」と、ばあちゃんはよく言ってた。
よく考えてから行動にうつすべきだと言うことを言いたかったらしい。
恋愛以外だとね、そうあるべきだとぼくも最近つくづく想う。(笑)
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by satsuki_ok | 2006-02-23 21:11 | ジジのひとりごと

屈しない祈り

どんなに痛ましい出来事が
至るところで日々繰り返されていたとしても
主よ、それらに屈することのない魂を下さい

それは小さな小さな悪意からはじまったかも知れない
それは小さな小さなウソからはじまったかも知れない
あるいはねたみやそねみだったかも知れない

主よ、自分を守るということが
他者を苦しめることのないように
主よ、自分が楽しむということが
誰かを傷つけることのないように

こらえきれない想いを
悔やみきれない出来事を
自分自身でつくらぬように
フェアなルールを忘れて暴走することなどないように
主よ、闇が光に勝つことがないことを
忘れることなどないように

どうか私を日々清め強めてくださいますように
つたない私の祈りでも
この唇から賛美があふれてくるように

人知を越えた存在を大きな奇跡の証でなく
人の心に、私の心に書き記してください
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by satsuki_ok | 2006-02-18 21:17 | パンの耳
性懲りもなく、バトンをやってやろうじゃないかっ!(笑)
オッサンだってやるときゃやるぜ~!(ぜえぜえ。。)

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by satsuki_ok | 2006-02-16 20:16 | いきつぎ(TBの守)

ユーモアの選択

恋愛でユーモアのセンスが求められるのは男だけ (ユーモアの選択)

なるほどねえ、女性から見た場合の「恋愛基準」てそういうものだそうですね。
おもしろい人がモテルわけですね。

何がおもしろいか?っていうのも、人によってまた様々だろうと思うけどね。(笑)
林家○-子なんて、すごいじゃないですか?(笑)
あの状態で笑える感覚、まるで、今の大河ドラマの妻のよう「内助の功」ですね(笑)

確かに、笑いのツボってモノが違うのは、
味覚が違うのと同じくらいに苦痛になってくるモノだろうね。
時間が経てば経つほどに、
その違いは歯ブラシの使い方に苛つくほどに、現れてくるんだろうなあ。

本能的に、感覚的に、はたまた直感的には、婦女子の選択は優れており、また、正しいということになるのでしょうかね。
となると、男性は、もとい、男性的な傾向の強い方にあっては、その傾向は逆に薄れていくということでしょう?

これによって、なんの効果が持たされるのか?

不思議なドラマが生まれそうですね?(笑)

ユーモアが警戒心を解くから、なんていうしかめっ面らしい解釈はさておき、なぜ女性特有の感覚なのか?不思議じゃないですか?
エロス的な要素がそこにあるとしか考えられないですね?
北風と太陽の有名な童話の世界。。。
旅人のコートを脱がすのは、「太陽」そういうコトになるでしょう。。。
コートを脱がされる感覚と言ったらいいのでしょうかね?
そこから、素の自分を見せても大丈夫という安心感が生まれてくる。
そして、いつのまにか、どんどん術にはまってしまう(笑)
そんなとこでしょうか?

身近に感じられる→親近感を持つ→話しやすい→会話が弾む→楽しい→ワクワクする
≒恋心
という図式でしょうかね?(笑)

コレを突き詰めていくと、こわいですよね?(笑)
楽しいだけでは、世間を渡っていけないことにふと気がついた時とか、ね?(笑)
大抵その時は手遅れになっているモノですし。。。

片目をつぶっていなければ、恋はできないと。。。そう言うモノかも知れませんけどね。
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by satsuki_ok | 2006-02-15 22:43 | ジジのひとりごと

ゴッホの生涯

どうしても見たかった映画。
ゴッホの生涯を綴った映画。
彼を支え続けた弟のテオとの手紙のやりとりを中心に話は進行していった。

牧師の家に生まれ、伝道師を志し、挫折。
初恋の相手には、いみ嫌われ
家族に疎まれ、貧乏ゆえにつかの間の自身の家庭は崩壊。
親友のゴーギャンに呆れられ、自分を制御できず、生涯を閉じた。

生前売れた絵は一枚だけ。

壮絶な心の葛藤。

芸術の極みは、人間性の極みでもある。
喜びも苦しみも。。。

そうまでして、金以外の目的で、何のために書くのか?

表現することは、喜びばかりでなく、彼の場合は
むしろ苦しみだったかもしれない。

芸術に深く関わりすぎると、破滅してしまう。
心が崩壊していってしまう。
崩壊するから、芸術性が高いわけではない。
しかし、極みに達しなければ見えないモノがあるのもまた事実だろう。

研ぎ澄まされた感受性に映る感情の鏡は、耐え難い苦痛を伴う。
精神世界の限界を感じる。
いや、むしろそれは、肉体の限界かも知れない。
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by satsuki_ok | 2006-02-14 22:28 | 芸術?

こいこい、バトン

sammy君のバトンをひったくって、やってみましょうか?(笑)
てか、こんなオジサンが参加するのもどうかと思いながら。。(苦笑)

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by satsuki_ok | 2006-02-12 22:28 | いきつぎ(TBの守)
戦時中、満州で私は中国人に助けられた。
義勇軍の一員として出征していた時のことだった。
彼は、見ず知らずの行き倒れていた私をおぶって、家まで運んでくれた。
当時は日給が20円程度であったが、一升の米の値段は70円程度だった。
彼は「この子は日本人だから、米でなければいけないだろう」と言って、
惜しげもなく私が回復するまでのほぼ1ヶ月間、毎日米の飯を食べさせてくれた。
戦争が終結し、私が日本に帰る時、往復の旅費として、2千円を持たせてくれた。
「もしも、日本に帰っても、アメリカ人に殺されそうな危険が迫ったら、
帰ってこられるように」
こう言って彼は、私に手渡してくれた。

日本に帰ってから、懸命に働き、落ち着いた頃、彼を訪ね歩いたが、すでに亡くなってしまっていた。
返すことができない恩義を、私は誰彼問わず、お返ししたいと、そう思ってこの仕事を60年続けて生きてきた。
そう言って、かくしゃくとした老紳士はぼくに笑いかけた。

偶然の出会い。

彼と一人の中国人の出会いが、半世紀ほど過ぎた頃、
ぼくの元に届けられた過去の事実。
清々しい驚きに満たされた祝日。

こんな隣人にぼくはなれるだろうか。。。

生かされている毎日。。。胸に響いた。。。80歳を過ぎた老紳士の言葉。。
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by satsuki_ok | 2006-02-11 19:25 | ジジのひとりごと

十文字の烙印

永遠への愛に目覚めた時
人は何を求めるだろう

心の底で眠るように
愛する人を抱いたまま
静かな微笑みの残像

幸せが限りなく狂気に近いように
愛もまた限りない悲しみのうちに
はじまりそして続いていく

湧きいずる泉のように
扉の向こうで脈々と
流れ溢れかえるほど
注ぎ出されていくモノ

カタチを変えながら
風化することもなく
刻まれたままの十文字の烙印
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by satsuki_ok | 2006-02-10 23:34 | パンの耳
I wish・・・・・at25:00からお題拝借

Q1.あなたは・・・10年前の夢、覚えていますか?


覚えていますよ、もちろん。
今もまだ、夢のままですけれど、ね。
なにせスタンスの長い夢なもので(苦笑)
気のあった友人たちと余生を過ごす、と言った内容なので(苦笑)
世界1周の旅をしようと約束してるんですよ。


Q2.10年前に愛していた人を今でも愛していますか?

愛し方が変わったかも知れないけれど、愛してますね。
10年前よりは、少しは大人になってるところもあるから(^^;

Q3.10年前に頑張っていた仕事を今も続けていますか?
もちろんです。幼い頃からの夢だった職業についてますんで。
一生続けると思います、どんな形になってもね。

Q4.10年前にいつも一緒だった友達は今も一番の親友ですか?
親友の数は多くないですが、一度仲良くなると、ずっと続いていますね。
3人くらいでしょうか、お互い無理なくつきあっていける親友は。
あ、でも、ずっと一緒にはいないです(笑)
物理的な距離はあまり関係ないですから、ぼくにとっては。

Q5.10年前泣いた映画で今も泣けますか?
ん~。。。何見てたのかな~??良くは想い出せないけど。。。
「風の谷のナウシカ」は泣けますよ(照)
「炎のランナー」とか、「ゴースト~ニューヨークの幻」とか、「黄昏」なんてのも好きでしたね。
でも、基本的に娯楽映画が多くて、泣けるのは好んでは見ないからなあ(苦笑)

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by satsuki_ok | 2006-02-09 20:24 | いきつぎ(TBの守)

こころのプリズム

とある指揮者の言葉
「私のイメージしている「雲の上を歩く」ということと、皆が同じイメージではない。
言葉を抽象的にすれば、それは共通した認識を持つ上で、もっとも危険性を含んでいる。
誰も雲の上を歩いたことはないのだから。」

いいかえれば、誰も同じ経験を持っているわけではないということで、共通したイメージを作り上げる上では、その経験こそが障害となる。
つまり、言葉の持つイメージは、千差万別と言うことになる。
こうして、個々に綴られる「ことば」たちは、書かれた瞬間からある意味では、偽造あるいはねつ造と言い換えられるかも知れないが、はじまることになる。

感じた瞬間がすべてであり、考えた瞬間がすべてであり、それを記録する段階では、既に過去のモノである。
できるだけ、情景を、心象を切り取れるだけの技術と言うモノも必要かも知れない。
しかし、あくまでも、それは「過去の瞬間」である。
「未来の瞬間」であるかも知れない。
書いている現在は、書いているのが現在という現象以上のものではないからだ。

雲の上を歩く
厳密に言うなれば、雲という存在をどう捕らえているかによって、歩くと言うことをどう捕らえるかによって、全く別なイメージが浮かんでくることになる。

たとえば、
今にも降り出しそうな雨雲=重いイメージ
引きずるように歩く=重苦しいイメージ

綿菓子のようにふんわりとした雲=かるいイメージ
飛ぶように歩く=明るく楽しいイメージ


今にも降り出しそうな雨雲の上を
私は引きずるような足取りでうつむき加減に歩いていた。
背中から照りつける太陽の日射しにふと目を上げると、
そこには目の覚めるような青空が広がっていた。
青空を見上げるうちに、私のこころはいつしか晴れわたり
足元の雲がふわふわと足を支えていた
軽やかになった私は飛ぶようにその上を滑るように歩いた。

心象風景と現象を組み合わせてみると、そんな風に変化する。

雲も空も変わらないけれど、人が感じるこころによって
大きく歪んでしまうモノだから、それがこころのプリズムなのかな。
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by satsuki_ok | 2006-02-05 20:44 | ジジのひとりごと