Leben


by satsuki_ok

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つるし柿

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by satsuki_ok | 2006-10-28 21:22 | 自然

紅葉狩り

紅葉狩りに出かけるにはいい季節になってきた。
この季節には決まって箕面の紅葉の天ぷらを想い出す。
ぼくがまだ幼かった頃、父と母と一緒にドライブに出かけたものだった。
母のつくるお重に入ったお弁当。
タバコをくゆらせながら、運転する父。
入り口にある小さな土産物の店で、
到着するとすぐに冷やし飴を飲むのが好きだった。

父が癌に冒された最期の秋も出かけた。
あれが最期のドライブになったけれど。
膵臓癌で痛む背中を押さえながら、
あの頃と同じように父は運転していた。
まだ、ぼくは免許を持っていなかったから、
運転を代わることもできなくて見ているのがつらかった。
薄々病状に感づいていた父にすれば、精いっぱいの想い出つくり。
父の病気のことは母と二人で内緒にしていたので、涙を流すことはできない。
いかにもドライブを楽しんでいるように、一生懸命話しかけたり、笑いかけたりしていた。
喉に詰まりそうになりながら、ぼくはムシャムシャと弁当を食べた。
「あんまり急いで食べたから、喉が詰まって。。」といいながら、
無理矢理食べ物を流し込み飲み込むぼくを、ただ静かに笑って父は見ていたっけな。

母はいつもと変わらず笑顔を絶やさない。
冗談まで言っては、父を苦笑させていた。
母の父への愛の強さと深さをぼくはその時改めて思い知った。
それはまるで静かなクリスタルの輝きのような愛だった。
その時の母は、ぎらつかない、浅ましくない、深い深い愛の泉のようだった。

散り際に鮮やかに彩られる紅葉。
父と母の物語の終演。
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by satsuki_ok | 2006-10-27 20:49 | 短編

夢を見た

夢を見ました。
満天の星空、天の川の中、
ほんのちいさな星くずさえも
せいいっぱいに輝いている、
そんな星しか見えない空でした。

私は隣にいる誰かに向かって
「きれいですね、こんなに小さな星までも」
と語りかけていました。
黙って頷くだけの人だったけれど、
心の中に語りかけてくる言葉がありました。
「大きさはその星の輝きに関係がない」と。
誰だかわからないその人は、
いつも自分のそばにいて
私のことを良く知っているようでした。
それはなんとも言えない安らぎの中で
心のどこも痛むことのない
とてもしあわせな時間でした。

昨夜、そんな夢を見ました。
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by satsuki_ok | 2006-10-22 13:01 | パンの耳

マザーテレサの心

マザーテレサの心~心理学総合案内・こころの散歩道~

<以下 一部抜粋>
精神分析で有名なフロイトは、その晩年に「人間にとって健康とは?」と質問され、
「愛することと働くこと」と答えています。
健康な状態とは、誰かを愛すること、つまり誰かを信頼し、必要とすること。
そして、働くこと、つまり誰かに必要とされることだと言うわけです。

<聖書とマザーテレサからのメッセージ>

「西欧で、今日最も重い病気は、人々が互いに求めあわず、
愛しあわず、互いに心配しないという病です。
この病を治すことができるのは、ただ一つ、愛だけです。」

「神がいかにあなたを愛しているかを知ったとき、
あなたははじめて、愛を周りに放つことがことができます。」

「あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ.」マタイ22-39

「神は愛である」第一ヨハネ4-8

「わたし(神)の目には,あなたは高価で尊い.わたしはあなたを愛している.」イザヤ43-4


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by satsuki_ok | 2006-10-15 19:56 | パンの耳

いのちの鼓動



誰かが見て恥ずかしいと想う生き方でも
誰からも受け入れられないような時でも
いつもイエスキリストはそばにいる

シャウトするように祈ってみる
囁くように祈ってみる
抱きしめてみる言葉

頭で考えるより先に
魂が導く咆哮

叫べ
叫べ
心のままに
踊れ
踊れ
リズムのままに

そうして静まった時
湧き上がってくる想い
その時に聞こえてくる声
せいいっぱい生きたいという
いのちの鼓動
自分のための人生

足ることを知りつつ
感謝する心
生きている喜びは
そうしてあなたに出会えたこと
こうしてあなたに語りかけることができること

そんなに思い詰めたりしないでも
ちょっと視点を変えてみれば
たった一歩を踏みだしてみたら
出会えること

ほらね
澄ました顔のあの人も
しかめっ面なこの人も
ヘラヘラしているあの人だって
ひと皮むけばみんな同じ
恥ずかしくない生き方なんて
神さま以外にできないさ

責めるより許していくこと
戦うよりも祈ること
目先のことだけ想わずに
主にいのちを預けてみれば
希望が最期に残ること
耐えられないような試練は神さまは与えないってこと
そうした神さまとの信頼の中で生き続けていく時
本当の安らぎが訪れるってこと



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by satsuki_ok | 2006-10-15 09:11 | パンの耳

記憶のはじまり

それは、ある日の昼下がりのことだった。
その日朝からソワソワしていた母が、
玄関のチャイムの音に背筋を伸ばして
駆け出しそうな思いを秘めながら
ぼくの手を握りチャイムを押したお客をお迎えに出た。

「今日からこの人がお父さんよ」と、
淡々と母はぼくに言った。
3才の頃、ぼくの記憶はそこから始まっている。

その人は、あの日別れた前の夫の友人だった。
名家の家に生まれながら、その家の冷たさに馴染むことができず、
身を持ち崩しかけていた次男坊。
おんなが前夫に別れ話を切り出した時、
「手切れ金を300万用意できたら別れてやる」と言ったその代金を
何も言わずそっと差し出したおとこである。
「必ず返します」というおんなに一言だけ、おとこはこう言った。
「犬猫でももらうときには、いくらかお礼をするものだ。
ましてや、ぼくはあなたを嫁にもらいたいのだから、そんなことは気にしないでいい。」
「私は、子どもをおいてはいけません。」
「子ども置いてくるようなおんななら、プロポーズしたりはしない。」

こうして、ぼくには父ができた。
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by satsuki_ok | 2006-10-07 22:59 | 短編

エピソード1


「貴方とは別れようと思います。」と静かに女は語りはじめた。
顔には、男に殴られた痣がまだ痛々しく残っている。
女から決意を秘めた気迫を感じて、男はじっと座り込んだままだ。

男の浮気は、今度が初めてのことではなかった。
家業の店の仕事もそこそこに、男はあちらこちらの女と酒を飲み、遊び歩いていた。

女がまだ置屋で働いていた頃、見初められて水揚げした旦那が亡くなる時、男に言った。
「しあわせにしてやるなら、お前に譲ろう」とそう言われて、
その旦那の目の前で土下座して誓いを立てて、プロポーズした男。
子どもが生まれた時、当時ではまだ珍しく、出産に立ち会って手をずっと握りしめていた男。
それが目の前で座っている男だ。

子どもが生まれてまもなく産後のひだちが悪く、入退院を繰り替えしていた。
やっと退院し、わが子との再会を心から歓び、
わが子を自分の手で世話できる幸せを噛みしめていた時だった。
飲み歩いたあげく、正体がわからなくなっていた男は、
女にいきなり罵声を浴びせたかと思うと、わが子に向けて包丁を投げつけた。
幸い子どもの頬を少しかすめた程度で、大事には至らなかったものの、
ホッとしたと同時に、女の中で何かが音を立ててぷっつりと切れた。

それから男の酔いが醒めた頃を見計らって、女は静かに語りはじめたのだった。
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by satsuki_ok | 2006-10-01 21:08 | 短編

ヨハネの手紙を読んで


御子イエスの血はすべての罪から私たちをきよめます。
(ヨハネの手紙第1章7節から)

洗礼を受けたのだから、
一瞬にしてその時までの過去の全てが精算されて、
その後まったく罪をおかさないで済むようになる。。
そんな誤解がキリスト教の洗礼に対してあるような気がする。

キリスト者は、罪があるからキリスト者である。
いや、罪を知っているからこそ、キリスト者である。
そして、罪を日々悔い改めるから、キリスト者であるのだ。
多くの人の場合、神懸かり的な「変化」が訪れるわけではなく、
それは継続していくことにより、少しずつ削られながら、
服に付いたシミを落とす作業のように、地道な根気のいる作業である。
あるいは黄ばんだ白い服を漂白していく作業。

知らず知らずのうちに「打算」や「妥協」し、
心の中が薄汚れていく。
激しい憎悪で赤黒く焼けこげた跡かも知れない。
生地によっては、漂白できない種類があるように、
人の心はさらに複雑でデリケートな取り扱いが必要となる。

それは、人にできる作業ではない。
人をつくられた神にしかできない作業である。
ただ私たちはそれを目にして、あるいは触れることによって、
その偉大な御技をする神に感謝するのである。

今、間違った道を歩んでいたとしても、そのことで「罪を知る」ことができるなら、
それは死に至る罪ではなく、かえっていのちへ続く門前にいるのかも知れない。
罪を罪として認めた時、そうしてそれを悔いた時、
はじめて主の尊さ、きよさが実感できるというキリスト者の真実。

ふがいない自分への言い訳。。。かな。。。(苦笑)
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by satsuki_ok | 2006-10-01 13:58 | パンの耳