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手紙

今みたいに、インターネットが普及していない頃、
遠距離の友人とのやりとりはもっぱら手紙だった。
直筆で書く手紙。

久しぶりに届いたエアメール。
今日返事を書いた。
肉筆の手紙なんて、本当に久しぶりで、ちょっと照れくさい感じがした。
書いているうちに、25年近くの想い出たちが蘇り、
楽しい時間を過ごすことが出来た。

E-mail にはない、どうしてもPCでは出せない持てない時間を
手紙は作り出してくれる。
一文字一文字書いていく。
安易に消すことの出来ない文字の並び。
一字一句を時間をかけて紡いでいく感覚。
それはまるで、手編みのセーターをつくるみたいだ。
彼女がアナログにこだわるのが、ようやく理解出来た気がした。

バイクで北海道を1周したときに、一番きれいな景色の場所で
彼女へのお土産の石をひとつ拾った。
丸くなめらかな小さな石。
私が見た景色を共有した小石を。
そこに込めた気持ちを静かにほほえみながら優しく汲むことができる素敵な人だった。

いつの間にか、失いかけていた「時間をかける」という手間暇の持つ意味。
仕事の能率を考えるあまり、なにかを忘れていたのじゃないかな、私は。

過ぎていく時間をいつからか追いかけるようになって
立ち止まって考えることすらしないで
ただ流れていくように、押し流されていくように。

私の心のベースライン。
少しずつでも取り戻していきたい。
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by satsuki_ok | 2008-11-30 12:05 | ジジのひとりごと

外見と中身

外見と中身について、今更論ずることでもあるまいけれど。
身なりに人格も現れるというのは、作り物でない時に発揮される言葉だ。
器量の善し悪しは、天性のものであるけれど、ソレを生かすも殺すも己次第。
とすれば、持って生まれた外見にそれほど多くの意味はないのかもしれない。
見かけの美しさは、それはそれで一つの美点であり、一種の才能かもしれない。
けれど、中身については、見えないだけにその判定は、一見しただけではわからない。
ましてや、その人の本来持っている才能や美点など、たとえ一緒に暮らしたとしても
なかなかおいそれと見分けのつくものではない。
長所=短所ともいわれるように、人というのは、
元来表と裏、善と悪、相対する二つの顔を持っているものだと想う。

「孔明の嫁選び」という言葉を聞いたことがあるだろうか?
古今東西、策士としてその名の知られた諸葛孔明。
カレの選んだ嫁は、色が黒くて、曲がりなりにも美人ではなかったそうだ。
周囲から間違っても孔明のように嫁を選んではいけないとまではやし立てられたほどに。
天よりも澄んだ心持ちで人物の善悪を見分けること、と言い放った人にふさわしいと私は思う。
とかく外見や言葉使い身なりなど、一見しただけで人を判断しがちな凡人には(自分も含め)
なかなか出来ることではない。

しかしながら、カレの送った人生を見ると、実に痛快極まりない。
それほどの才能を開花させることが出来たのも、内助の功あったればこそと私は思うのだ。
細君は決して表には出てこない人物ではあるけれど、しっかりと立場をわきまえ、
陰ながら支えることで彼女もまた激動の戦国時代を生ききったのだとおもえる。
孔明の目はすぐれていたとしか言いようない。

人の内面は、相対してみる以上に、文面や話し言葉、電話の声など、
ある意味目をふさがれた状態の方が、より鮮明に浮き彫りにされることがある。
それは私の持論の一つだけれども。

長くつきあっていれば、どんな人にも長所も短所もある。
ちょうど人の顔がのっぺらぼうでなく、ひとりひとり違うように。
自分自身も短所だらけの人だからこそ、毎日が学びなのだと想う。

何を持って己の足を知るか?
大事なことだと思うのだ。
それは引いては、他人を大切に想う気持ちであったり、なにかに感謝する心であったり
そういう基礎を作るものだと想うから。

足りないものを数えるよりも、今自分にあるものが
どれほどの価値のものなのかを知ること。
なによりも忘れやすく、置き去りにしてはいけないことだと想う。
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by satsuki_ok | 2008-11-23 20:10 | ジジのひとりごと

星がきれいな夜

今夜、仕事帰りに見た空は、星がきれいだった。

子供じみた恋愛だったけれど、それでも奥深くに残っている残像。
出会った意味をかみしめる暇もなく駆け抜けた日々。
あの頃の自分が幼すぎたと感じたのは、星明かりのせいだろうか。

誰かをコレからも愛していくだろうけれど、
きっと同じ愛ではないけれど、
いつの日か巡り会ったその時には
その時の自分のありったけの愛情を注いぎたい。

自分の想いよりもその人のしあわせを一番に考えられるように
そんな人になりたい。

ゆっくりと暖めていけるそんな関係を築いていきたいと思う。
ひとときに燃え上がりぱっと散ってしまうより
暖炉の灯りのようなほのかな暖かさで包んで上げたい。
そこにあるのが当たり前すぎるほど、自然なあたたかさで。

そんな安らぎ・・・もしかしたら一番自分が欲しいのかもしれないな。
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by satsuki_ok | 2008-11-11 21:16 | ジジのひとりごと

願い

血が騒ぐ、細胞が活性化する、五臓六腑に染み渡る
時折、そんな感覚がわき起こってくる。
それは唄だったり、恋だったり、お酒だったりする。
本当に好きなものに出会った瞬間、
生きていてよかったぁって実感する。
何もかも忘れてその感覚にしばし酔いしれてみたりして。

連続する日々の生活の中で、そんな瞬間はとても貴重なものだ。

年齢を重ねるとともに、そういうことに敏感になっていく気がするのはなぜだろう。

本当に大切だと想うもの、それが案外と多くはないことに気がついていくからだろうか。

今、しあわせなら、その瞬間をしっかりと記憶しておくこと。
それが後に自分自身を支えるような想い出になるかもしれないから。
今、ふしあわせなら、その瞬間をしっかりと記憶しておくこと。
後にしあわせになったときに、乗り越えた自分を誇りに思えるから。

数々の出会いと別れの中で、何をつかんでいくのだろう。
最期に残るのはなんだろう。

できることなら、あの空に還ったとき、あの人に誉めてもらえる人生を送っていきたい。

こころから、そう願う。
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by satsuki_ok | 2008-11-03 21:14 | ジジのひとりごと

ふるさと

明日は少し休めそうだ。
もうすぐ訪れる本格的な冬の到来を前にして、冬支度もしなくては。

田舎に住んでいると、否が応でも季節の移り変わりを感じずにはいられない。
肌で実感していく、こんな感覚、あのままあの街に暮らしていたら
きっと知ることもなくて、想像すらできなくて、味気ない日々を送っていたのだろうか。
それでも時折懐かしさに見舞われて、ふらっとあの街に出かけたくなってしまう。
今では誰も知ることのないそんな街であったとしても
街全体が変わっていたとしても。

きっと誰の心にもそんな「ふるさと」があるのだろうな。

家族間での殺戮のニュースの絶えない昨今ではあっても
まだまだそんな「ふるさと」を想う気持ちを持ってる人もいるだろう。

数年の時がたち、振り返ったときに、
つらく悲しい想い出しかなかった街であっても
なぜか惹かれる街がある。

初めて訪れたのに懐かしい、そんな街もある。

過ぎた年月が蘇る瞬間は、
音であるかもしれない、
色かもしれない、
味覚であったり、
匂いであったり。。。
なぜだろうね。。五感って、そんな働きもあるんだね。

重ねていく、積み上げていく、そんな風に表現される経験を支えているのは
きっとそんなシンプルなものなのだろうな。

コレを読んでくれてる人は、いったいどんな街を想像するのだろうね。
そんな広がりがとても楽しい。
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by satsuki_ok | 2008-11-01 20:56 | ジジのひとりごと